STARTからの現場報告
今年3月6日、名古屋入管に収容されていた、33才のスリランカ人女性が亡くなられました。この女性は、スリランカで子供たちに英語を教える教師をしていましたが、日本の子供たちにも英語を教えたいという夢を抱いて、4年前、留学生として来日しました。しかし、その夢をかなえることなく、入管の収容場で、孤独な死を遂げてしまいました。しかも、死亡してから、もう1か月と2週間以上も経っているのに、いまだに死因も公表されず、死亡に至る経緯も明らかになっていません。
ところで、2年前の6月、長崎の大村入管センターで、ナイジェリア人男性が餓死するという、痛ましい事件が起きました。入管庁は、再発防止を約束していましたが、昨年の10月、名古屋入管でインドネシア人男性が死亡してしまいました。この時は「突然死」として扱われ、何の究明もなされないまま、うやむやにされてしまいました。そして、今回、名古屋入管で、この男性の死亡事件から半年もたたないうちに、スリランカ人女性、Wさんが亡くなってしまいました。
私たちSTARTが、週2~3回のペースで面会して、状況把握していた限りでは、Wさんは日に日にやせ衰えていくのがわかりました。入管の処遇部門や仮放免許可を審査する審判部門に対して、頻繁に、私たちは、状況報告に基づき、入院、点滴治療を要求し、それを認めないなら即刻仮放免するよう要求していました。これに対して入管側は、「ちゃんとやってます」、「大丈夫」、「良くなります」等と言うばかりで、結局、見殺しにしてしまったようなものです。絶対に許せません!
法務省入管庁は、4月9日、上川法務大臣の会見と共に、「名古屋出入国在留管理局 被収容者死亡事案に関する調査状況(中間報告)」を発表しました。しかし、入管側からの事実認定と、START、支援者側からの事実認定が大きく食い違っています。結果ありきの報告書であり、法案審議に入るための報告書としか思えないのは、私たちSTARTだけでしょうか!
短い時間ですが、これから、皆さんと一緒に、この「中間報告」を精査していきたいと思います。
まず、Wさんの死亡事件で、焦点となっていることが、点滴1本投与しなかった入管の判断と処置についてです。入管は、局内の診療においても、外部の病院での診療においても、本人から「点滴を打ってほしい」という意思表示はなかったと書いています。
入管は、「だから、なんだ!」と言いたいのでしょうか。Wさんは昨年8月に収容されてから亡くなるまで、6ヶ月を越える長期間、狭い空間の中に閉じ込められていました。拘禁反応が生じてもおかしくない状況に置かれていたのです。しかも、最初は早くスリランカに帰りたくて、オーバーステイが発覚することを覚悟で、交番に自ら出頭しました。名古屋入管に行きたかったのですが、お金がなくて電車に乗れなかったので、交番に出頭したと言っていました。ところが、収容され退去強制命令が出されて間もなく、帰国できない深刻な事情が発生してしまいました。身寄りもなく、頼れる人もいず、困難な事情を抱えて悩んでいたWさんが、私たちSTARTと巡り会って、帰国できない事情、日本に残りたい事情を話してきました。私たちはその話を聞いて、支援する必要があると判断し、仮放免許可申請をすることを提案しました。彼女は、すぐにその準備にかかりました。
ところが、退去強制命令が出て帰国する予定だったWさんが、その意思を覆し、日本に残りたいと言ったとたん、入管側の態度が豹変し、「帰れ、帰れ」「無理やり帰される」と、1日に何度も、Wさんの居室の中に入ってきてまで、圧力をかけるような態度をとるようになり、Wさんからは職員は私の「言うことをちゃんと聞いてくれない」、「怖いから面会に来てください」と、電話連絡が入るような状況になってしまいました。
ここに入管法改正案の成立を目前にしていた、入管側の思惑、裁量が大きく働く要因があったと考えます。退去強制令書が発布されても帰国しない、できない外国人を、なんとしても追い帰そうとする、入管側の強い意志が働いたのではないかと思います。まさに今回の法改正による最初の犠牲者が、Wさんだったと、私たちは考えています。
さて、話を戻します。Wさんは、2月22日、2回目の仮放免許可申請を書面にて提出し、入管はこれを受理しました。この仮放免許可申請書には、「ご飯や水を摂っても吐いてしまいます。私は、外の病院に行って、点滴を打ちたいですが、入管は、連れて行ってくれません。」と、明確に書いてありました。ところが、入管は、この仮放免許可申請書について公表せず、まったく無視するような態度をとっています。
こうしたことは、他にもあります。1月下旬、吐血したWさんは、2月5日、外部の病院で胃カメラの検査を受けました。ところが、その検査の結果について、Wさん本人には「問題なし」としか報告されていませんでした。本人も、私たちも、そのことが納得できず、名古屋入管の処遇部門に抗議するとともに、一体どんな検査状況であったのか、詳しい説明を求めました。処遇部門の職員は「重篤な状態ではない」を繰り返すのみで、何も具体的なことを話しませんでした。そこで何度も粘って追及していくと、当日、Wさんを病院に連れて行った職員が、状況説明をすることになり、そこで、医者から点滴の話があったこと、しかし、「時間が長くかかるから」と、点滴を打たずに帰ってきたと話してきました。なぜ、嘔吐を繰り返す被収容者への点滴を拒否したのか、時間が掛かることが、点滴を拒否する理由になるのか。入管側は何も答えませんでした。「中間報告」ではこうしたやり取りは不問とされ、STARTと話をした職員は、4月の人事異動でもう名古屋入管にはいません。
食事の状況については、「中間報告」では、Wさんは、入管の出す管給食は食べなかったが、自分で買った食べ物や飲み物、他の被収容者からもらった飲み物は飲んでいた、と、書いてあります。吐いているのに、薬も飲まず、給食は食べないが、菓子パンやお菓子、コーラも飲んでいたと書いてあります。まるでWさんが。詐病、すなわちわざと病気の振りをしているとでも言いたいようです。これは入管側の悪意に満ちた偏見であり、こうした認識があったとしたら、非正規滞在者や被収容者を、犯罪者扱いし、厄介者扱いする入管の考えややり方が、まさにWさんを死に至らしめたと言っても過言ではありません。薬を飲まなかったのではなく、吐くのがつらく、恐れていたのです。薬を飲んで吐いた経験があると、吐くのがつらくてその薬を飲まなくなりました。食料についても同じことです。水を飲んで吐いたら、水は飲まなくなりました。だから、生きるために、吐かずに飲んだり、食べたりできるものを必死に探していました。それでも必要なカロリー量はとれず、日に日に痩せ、衰弱していきました。薬を飲まなかったのではなく、吐くのが苦しく、吐くのが嫌だったのです。同じようなことで、こんなこともありました。歩くことができないWさんに対し、入管は「リハビリ」といって介助もせずに歩かせました。Wさんは、自分で壁を伝いながら歩きましたが、何度も転倒することがあったようです。次第に転倒を恐れて歩くこともこわくなりました。入管の「リハビリ」によって、Wさんは歩けなくなってしまったのです。歩けない人を歩かせて転倒させてしまう、これが「リハビリ」なのでしょうか。
このような、体調を崩し、衰弱しているWさんへの処遇が、明らかに尋常ではないことを示す事実については、「中間報告」には全く記載されていません。
ここで、入管の医療について、お話をしておきたいことがあります。本来、医師は、常に自らの良心に従い、また常に患者の最善の利益のために行動すべきであり、また、患者には、差別なしに適切な医療を受ける権利、いかなる外部干渉も受けずに、常にその最善の利益に即して治療を受ける権利があります。このことは世界医師会によるリスボン宣言において明らかにされています。
しかし、入管においては、被収容者は、入管によって、病院で診療を受ける自由、病院や医師を選択する自由、また食事を選択する自由も奪われています。被収容者、患者の自由を奪い、医師と患者の間に介在する入管は、より正確に被収容者の状態を把握し、そして医師に適切な情報を伝え、医師の判断を仰がなくてはなりません。そもそも入管に与えられている収容権は、被収容者の健康や命を守る等、収容主体責任義務を果たすことを前提に与えられているものです。
先ほど中間報告に対する批判として述べた通り、医師と患者の間に入管が介在し、患者が国に帰りたくないから嘘をついている、詐病であるという入管の偏見が、医療をゆがめています。今回の死亡事件に関して、名古屋入管は早々に、「医師の指示に基づき適切な処置をしていた」と、収容主体責任を棚にあげ、今出されている中間報告においても、医療に対する入管の主体的な見解が全く書かれていません。
医療は、人間が生命を維持していくための最後の砦です。その医師と患者の間の医療を入管が支配し、今回、名古屋入管で死亡した女性の「点滴を打ってほしい」という命の懇願さえ拒絶し、女性を死に至らしめたことは、国家による収容権を悪用した犯罪に等しい行為です。
名古屋入管に限らず、全国の入管には収容権が与えられていますが、この収容権は、被収容者の健康や命を守る等の収容主体責任義務を果たすことを前提に与えられているものです。この責任義務を果たせないならば、収容権の成立はなく、私たちは入管の収容権を認めるわけにはいきません。
入管はこれまで、個人の事情を考慮せず、入管法違反者は追い帰す、送還一本やり方針をとっています。今回死亡した女性も、帰国できない事情を抱え、日本在留を望んでいましたが、「無理矢理帰される」と脅され、体調が悪化してからも「帰らないのか」と言われていました。
現在国会で審議されている入管法改正案も、送還を拒否する者に刑事罰を与えるという、個人の事情を全く考えずに日本から無理やり追い出す、送還方針をさらに強化する内容です。
2月19日、入管法改正案の、今国会での成立を目指す閣議決定がなされ、政府、法務省入管は、入管法改正案成立に向け動いてきました。この、入管法改正案を何が何でも成立させるという政府入管側の姿勢や、送還方針に基づく考えによって、Wさんは死亡してしまいました。Wさんは、入管法改正案、入管の送還一本やり方針の犠牲者です。
入管自ら、衰弱したWさんを、「保護」しておきながら、その命を奪ってしまった責任から逃れることはできません。いまだにWさんの遺族への謝罪もなく、死因すら明らかにできない状況下で、再発防止の改善策を打ち出すことなど、到底、できるわけがありません。収容者の健康や命を守ることさえできない入管に、送還忌避者を犯罪者のように扱い、難民さえも強制送還させようとする、これまでの送還一本やりの方針に、さらに強大な権限を与えようとする、今回の「入管法改正案」なる改悪案の、審議に入ることすら非常識極まりないと思います。ましてや、法律として制定するなど言語道断であり、到底認められません。
今回の死亡事件の真相究明、再発防止を徹底することなく、改正入管法を成立させることは絶対に許されることではありません。私たちは、亡くなられたWさんとそのご遺族に心から哀悼の意を表明し、今回の死亡事件の徹底した真相究明を追求していくと共に、断固として入管法改正案に反対し、廃案に追い込んでいくこと、一人の人間の尊い命を奪った入管への怒りを込めて、訴えたいと思います。
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